新規事業において、「人がほしがるものをつくる」というのは、事業開発を行う誰もが意識している基本的な課題です。一方で、新規事業開発と似た文脈を持つスタートアップが失敗する原因の1位は、「No market need(誰もそれをほしがらなかった)」と言われます。 (The Top 20 Reasons Startups Fail(CBINSIGHTS))
なぜ、誰もが知っていながら、同じ罠にはまってしまうのでしょうか。
人がほしがるものをつくるためには、相手を深く理解しなければなりません。重要なのは理解の “深さ”。私たちが過去100を超える事業を支援させていただいた経験から言えることが一つあるとすれば、失敗する新規事業の多くは、この “深さ” が決定的に不足しています。
本日、ご紹介する『UXデザイン』は、事業開発における課題の発見、ソリューションの検証など、すべてのフェーズにおいて生活者の観察と対話を繰り返すことで、生活者を深く理解し、新規事業の成功確率を高めます。本記事で、成果の出るUXデザインとは何かを理解し、ぜひ実践してみてください。
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目次
UXデザインの基礎
UXデザインとは何か、聞いたことがない方のために、基礎を整理しておきましょう。
UXデザインとは
UXデザインとは、「ユーザーにとってうれしい体験を実現する仕組みをデザインすること」です。これが何を意味するのかをご理解いただくために、UXデザインと従来のデザインとで何が違うのかを見てみましょう。
ポイント1. モノからコトへ(デザインの考え方が変わる)
従来、デザインは製品などのモノに対して使われる言葉でしたが、UXデザインが対象とするのは体験というコトです。「体験」をデザインするとは、一体どういうことでしょうか?
最初のポイントは、体験として何が求められているのかを見抜いたうえで、それを実現する手段あるいは構成する要素として製品を企画、設計、開発するという考え方です。
- 人は新聞という製品ではなく、毎日最新の情報が届くという体験を求めている
- 人はカレンダーという製品ではなく、予定を思い出させてくれるという体験を求めている
- 人は車という製品ではなく、好きな所に移動できるという体験を求めている
人は製品そのものでなく、それがもたらす体験を求めています。つまり、製品は体験を構成する(重要ではあるが)一要素にしか過ぎません。上記3つの例は、それを表すわかりやすい対比になっていると思います。(この考え方については、モノとしてのUIとコトとしてのUXを比較して、UXとは何かを考えた記事がありますので、下記も参照してください)
100円で買える缶コーヒーではなく、500円を払ってカフェに行くのは、缶コーヒーでは満たせない体験がそこにあって、その体験により高い価値を感じるから。近年、ものづくり業界を中心によく聞く「モノからコトへ」は、生活者にとってより価値あるものへのシフトを表していると言えるでしょう。
ポイント2. 生活者と向き合う(デザインの活動が変わる)
上述のとおり、UXデザインでは、人が体験として何を求めているのかを見抜かなければなりません。ここで言う「体験」とはどのようなものか。突き詰めていくと、以下のような特徴があることがわかります。
- 体験は、製品・サービスを利用する際に、個人が感じるもの
- 体験は、こちらが意図していたか否かによらず、相手の中に生じる感情として伝わってしまう
- 体験には、うれしい体験、残念な体験といった、主観的な良し悪しが存在する
- 体験は、その場で生まれ、同時に消える形のないもの
- 体験は、人の感情あるいは記憶として残る
体験とは極めて個人的、主観的、感覚的で、デザインの対象としては扱いづらい印象を持たれるかもしれません。このような体験をデザインするために、何が必要でしょうか?
2つ目のポイントは、このような個人的、主観的、感覚的である体験をデザインするためには、体験の主人公である生活者と同じ視点を持つ必要があるという点です。UXデザインにおいて私たちが向き合うべきは、モノでもコトでもなく、まずはヒトです。いわゆる「ユーザー視点」と呼ばれるものですが、これは個人の意識の問題やスローガンではなく、プロセスとして担保された活動でなければならないという点は強調しておきたいと思います。
配車アプリでタクシーを呼ぶことで、目的地までストレスなく移動できたという体験を想像してみてください。ある製品・サービスを利用するユーザーの体験を、その人になりきって考えようとすると、「時間」と「環境」という2つの観点が大きく変化することに気づくはずです。
- メインとなる行動の前後、繰り返しなど、見るべき時間軸が長くなることに気づく。これにより、ユーザーの目的や結果、次の行動につながる動機をより強く意識するように。
- 同一人物であっても、体験の良し悪しは時と場合で変わることに気づく。つまり、うれしい体験をデザインしようとするならば、ユーザーの置かれている状況や環境をよく理解する必要があることがわかる。
これらの観点をふまえ、生活者と向き合うことを感覚的に理解できるミニワークショップをご用意しました。カスタマージャーニーマップに近いツールを使った、30分でできる簡単なワークですので、ぜひ一度、トライしてみてください。
ポイント3. 仕組みをつくる(デザインの対象が変わる)
おそらく、体験をデザインすること自体は、誰もが日常の中で行っているはずです。特定の相手に喜んでもらいたいという思いで、プレゼントを買ったり、家族旅行を計画したり…。皆さんにも、そういった経験があるのではないでしょうか。それも立派な “体験のデザイン” と言えるでしょう。
そのような個人的な体験のデザインとは異なり、事業開発において考えなければならないのは、うれしい体験を「再現性」をもって実現できるか。つまり、3つ目のポイントは、皆が同じようにうれしい体験ができる「仕組み」をどうすれば構築できるかという点です。ここで言う仕組みには、製品・サービスのほか、ビジネスモデルを含む、うれしい体験を持続可能な形で実現するすべての要素や活動が含まれます。
UXデザインでは、個人との対話や観察から仮説を立て、そこから体験をデザインしていきます。個にフォーカスするのはUXデザインの特徴の一つですが、私たちは、誰か一人の好き嫌いを見るのではなく、その人の背後にいる多くの生活者に共通する心理のパターンを見抜かなければなりません。加えて、そのような共通する気持ちを引き起こす状況や環境、あるいは文化的な背景をよく理解しなければ、「仕組み」の中にうまく織り込むことができないでしょう。
卓越したUXを提供している製品・サービスの事例
次章以降で詳しい説明に入る前に、優れたUXを提供している製品・サービスの実例を見ておきましょう。
世の中に受け入れられ、広く利用されている製品・サービス
近年、スタートアップとして始まり、わずか数年で急拡大した製品・サービスの多くは、卓越したUXを武器としています。そのような製品・サービスは、私たちのライフスタイルまで変えてしまいます。
既存の体験の劇的な改善:
新しい層の取り込み:
今となってはこれらのサービスを “当たり前” と思うほど、私たちの中に不可逆な変化をもたらしました。優れたUXのデザインに成功した事例だと言えるでしょう。
これからが楽しみなスタートアップの製品・サービス
新規性の高いUXを武器に勝負をかけるのは、スタートアップの得意領域です。本稿執筆時点で、私が個人的に面白いと思ったスタートアップの製品・サービスをご紹介します。
それぞれ領域は異なるものの、生活者の未解決の課題を、これまでにないユニークな方法で解決しようとしているという共通点があり、今後に期待が持てます。
大手企業によるチャレンジングな製品・サービス
従来、イノベーションが苦手だと言われた大手企業の挑戦も始まっています。私たち、えそらがご支援している「コクヨ株式会社」様の例をご紹介します。
IoTというと技術に目が行きがちですが、この製品のコンセプトは、家庭内で宿題に取り組む親子のコミュニケーションを観察し、深く理解することから生まれました。開発段階からクラウドファンディングで支援者を募るなど、一般の生活者との対話を重視したデザインアプローチにも特徴があります。
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なぜ、新規事業でUXデザインの重要性が増しているのか
UXデザインは、優れたUXをデザインするための方法論です。新規事業開発という答えのない中での探索において、UXデザインは非常に有効なアプローチとなり得るでしょう。
UXデザインの導入が新規事業にもたらす効果とは
新規事業開発におけるUXデザインの効果の一つは、「これまでにない価値を実現する革新的な製品・サービスのアイデアを生み出すことができる」ことです。いわゆる0→1の新規事業開発においては、この(プロトタイピング以前の)アイディエーションが、事業の成否をわける重要な分岐点となります。
前章でご説明したとおり、うれしい体験をデザインするポイントは、生活者の深い理解にあります。生活者の体験に触れ、彼らが置かれている環境の中に身を置くことで、それまでは見えていなかった事実や無意識にとらわれてしまっているフレームの存在に気づくことができるようになり、それが革新的なアイデアの源泉となります。
UXデザインがもたらす、もう一つの効果は、「アイデアの実現において、不確定要素によるリスクを低減し、成功確率を高めることができる」ことです。プロトタイピングという言葉で、皆さんがイメージするUXデザインがこちらに近いでしょう。
新規性の高いアイデアほど、それが市場にどのように受け入れられるのかを予測することは困難です。よって、なるべく早い段階から試作とターゲットユーザーによる検証を繰り返し、不確定要素を減らしていきます。最終的な成否は市場に投入するまで見えませんが、この工程は、かなりの精度で失敗のリスクを減らし、成功確率を高めてくれます。
上記それぞれの効果を生み出すのは、UXデザインが持つ以下5つの特長です。リンク先で詳しくご説明していきますので、そちらもご参照ください。
- 事業が解決すべき「生活者の課題」を正しく捉えることができる
- 革新的な事業アイデアの発想につながる「インスピレーション」が手に入る
- 早期の失敗から得た「学び」により、アイデアを着実に育てられる
- 生活者に対する共感でつながった「強いチーム」ができる
- 事業判断やデザインにおいて「正しい意思決定」ができるようになる
なぜ今、UXデザインなのか
Google Trends を見てもわかるように、UXデザインの注目度は年々上がっています。国内においては主に、WebやアプリといったデジタルプロダクトのUIまわりの話が多い印象ですが、ここにきて、新規事業開発という領域においても、企業様の関心が高まってきているように感じます。ここでは、その理由について、考察してみたいと思います。
体験を重視した製品・サービスが現れ、勢力図を書き換えた
UXが注目されるようになった背景として、大量生産・大量消費の時代から、成熟したモノがあふれた時代に変わったからという話をよく聞きます。そこそこ満足できるモノが行き渡ってしまった結果、人はモノが持つ機能的な価値にはあまり興味を持たなくなり、コトを重視するようになったのだという説明です。これには一理ありますが、生活者が内発的にコトを重視するようになったわけではないという点には注意が必要です。
多くの生活者にとって重要なのは、目の前にどのような選択肢があるかです。市場を席巻していたウォークマンに代わり、新しい体験を生みだすものとしてデザインされたiPodが選択肢として現れることにより、マーケットの勢力図が書き換えられました。新しく魅力的な選択肢が提示されることによって、生活者の中にあった潜在的なニーズが喚起され、音楽を聞くという体験の常識がアップデートされたのです。
ビジネスの観点では当然、どうすれば自社もそのような大成功を収めることができるかに関心が集まります。成功の要因はたくさんありますが、その中の一つとしてUXがキーワードとして語られ、それをデザインするための方法論としての「UXデザイン」が注目されることに繋がりました。UXデザインは、時代を先取りした製品・サービスの成功を再現させるための方法論であるとも言えます。
新規事業の主戦場となっているWebやスマートフォンが成熟期を迎えた
2019年現在、Webやスマートフォンは新規事業の仕組みを構築するプラットフォームになっています。Webやスマートフォンが登場した当時は、従来の体験をこれらのプラットフォームに移植するだけでも十分にヒットが狙えましたが、そのような “早いもの勝ち” の時代はすぐに終わり、今では少なくとも以下のような要件を満たすものでないと、多くのユーザーに支持されるのは難しくなっています。
- 従来の体験を劇的に改善している
- 従来の体験には存在しなかった付加価値がある
- 従来とは異なる新しい層に体験してもらえるようになった
- これまでにない新しい体験を生んでいる
Webやスマートフォンが成熟期を迎え、誰もが思いつきそうなアイデアはすでに実現され尽くしています。そして、ユーザーから見た選択肢も、あり過ぎるほど豊富に存在します。気に入らなければワンクリック、ワンタップで他へ乗り換えが可能で、事業者にとっては非常にシビアな環境です。
そんな中で、”選んでもらう” ために必要なのは、そこでしか得られない『体験』です。ユーザーは、その商品・サービスが生み出す体験に共感・感動し、それなしでの生活が考えられなくなったときに、喜んでお金を払ってくれるようになります。そのような体験を生む出すための方法論である「UXデザイン」と、他では代替できない価値の提供をめざす「新規事業」は非常に相性が良いと言えます。
従来型の事業開発プロセスと何が違うのか
新規事業開発において、UXデザインは一つの選択肢に過ぎず、これがいついかなるときでもベストな方法であると言うつもりはありません。しかし、使い方によっては、非常に有効なアプローチとなります。
下記に、UXデザイン(一般的なものというよりは、弊社が提供している事業開発に特化したタイプのものを想定)が、新規事業開発に適していると私が思う理由を挙げましたので、皆さんがどのアプローチを採用するかを検討する際の参考にしていただければと思います。
前提となる事実:
- 新規事業開発と似た文脈を持つスタートアップが失敗する原因の1位は、「No market need(誰もそれをほしがらなかった)」(The Top 20 Reasons Startups Fail(CBINSIGHTS))
- つまり、革新的なアイデアやそれにつながるインサイトは簡単には見つからない
UXデザインが新規事業開発に適している理由:
- UXデザインは、答えのない中での探索であることが前提になっている
- UXデザインは、失敗と学びの繰り返しが想定されている
- UXデザインは、答えではなく、事業が解決すべき問いそのものを見出すことに主眼が置かれている
- UXデザインは、革新的なアイデアの発想に必要なリフレームを重視している
- UXデザインは、ひらめきに加え、アイデアの育成を重視する
- UXデザインは、事業の成否を段階を追って判断できるゲートが仕込まれている
- UXデザインは、答え合わせをしながら進めることができる
新規事業開発におけるUXデザインの進め方
ここから新規事業開発を想定したUXデザインの実践方法をご紹介します。UXデザインは、ただの思想ではなく、誰にでも再現できるデザインプロセスです。ここで解説した一つひとつをきっちりと実践いただき、皆さんにも成果を手に入れていただければと思います。
なお、まったくのゼロからの立ち上げか、手元に技術シーズや事業アイデアがある状態から始まるのかなど、条件により進め方が変わります。また、ここではステップとして順を追ってご紹介しますが、実際にはこれらすべてをリニアに進めるものではなく、細かい反復を繰り返しながら、必要な工程を選んで進めるイメージとなりますので、ご留意ください。
STEP1. UXデザインの全体像を理解しよう
皆さんは今、事業開発のどのステージにいて、何が課題になっているのか。その解決方法として、UXデザインが最適な選択なのかを吟味するところからスタートします。
STEP1-1. 新規事業が成功したときのビジョンを共有する
新規事業をなぜ立ち上げるのか、現場からは「社長の鶴の一声で」「担当役員からIoTで何かをやれと言われた」「自分たちがやってみたくて提案したら通った」など、様々な声が聞こえてきますが、ここを曖昧にして進めるのではなく、一度立ち止まって “なぜ” を深掘りしておくことが重要です。
新規事業は答えのない中での探索活動です。驚くようなアイデアは簡単には出てきませんし、何度も迷い、失敗を繰り返すことになるでしょう。そんなときに道を照らし、背中を押してくれるのは、新規事業が成功したときのビジョン(=会社としてどのような未来を創り出したいのか)です。
当たり前の話ですが、何となくで始めるのが最も危険です。チームが路頭に迷う羽目にならないためにも、最初に、経営層をしっかりと巻き込む形でビジョンを可視化し、共有しておきましょう。
STEP1-2. UXデザインを導入すべきかを検討する
新規事業には様々な立ち上げ方があります。UXデザインが常に最高の選択肢というわけではありません。ただ、あなたがもし、新しい市場創出につながるような商品・サービスや既存市場の勢力図を塗り替えるような商品・サービスの開発を目指していて、以下のような悩みをお持ちなのであれば、UXデザインは非常に良いスタート地点になるでしょう。
- ポテンシャルの高い事業領域を見つけたい
(検討領域の幅が狭い、絞り込みの精度が粗い) - もっと生活者のことを理解したい
(ターゲットや利用シーンがイメージできていない) - 革新的な事業アイデアを考えたい
(生活者のインサイトを捉えきれていない) - 本当に売れるアイデアなのか確信を持ちたい
(アイデアの磨き込みの精度が粗い)
STEP1-3. UXデザインプロジェクトを設計する
新規事業では、少なくとも以下に示した5つの要素を考えていくことになります。
1)コンセプト
2)製品・サービス
3)コミュニケーション
4)オペレーション
5)収益モデル
取っ掛かりとなるアイデアがある場合は、この時点で、ビジネスモデルキャンバス(STEP4-1参照)などのツールを使って全体を俯瞰し、これらのうち最もリスクが高い要素は何かを話し合っておくと良いでしょう。通常、新規事業で最もリスクが高いのは「人がほしがるものをつくれるか」なので、多くのプロジェクトは、コンセプトの検討からスタートし、下図のようなプロセスを辿ることになるはずです。
ここで行う「最小限のタスクと期間で成果につなげていくためのプロジェクト設計」は、UXデザインにおいて最も知見が要求されるタスクの一つです。プロジェクト全体への影響も大きいため、自社だけで考えるのが不安だという方は、ここだけでも外部の専門家に入ってもらうと良いでしょう。
STEP2. 生活者を理解しよう
「生活者はいったい、何に困っているのでしょうか?」
新規事業が成功するか否かは、事業が解決すべき「生活者の課題」を正しく捉えられるかにかかっていると言っても過言ではありません。この章から始まるUXデザインアプローチは、一貫して、生活者の観察と対話を重視した人間中心の考え方で進められます。
STEP2-1. 機会探索
事業領域が決まっていない場合、生活者視点で「機会」を探ります
0→1の新規事業立ち上げで、まだ事業領域が決まっていない場合は、機会領域を探索するところからスタートします。
機会探索においては、「検討範囲を広げるほど機会を見抜く精度が下がり、検討範囲を狭めるほど機会を見落とす確率が上がる」という両立困難なトレードオフを克服しなければなりません。網羅的に検討したいという意識になりがちですが、まずは以下の問いに向き合ってみると良いでしょう。
- 会社としてどのような未来を創り出したいのか?
- プロジェクトメンバーがわくわくを感じる夢のある領域はどこか?
- そこに自分たちの将来をつぎ込んでも解決したいと思える、生活者の課題はあるか?
この段階では、まず皆さんが高い熱量をもって取り組める領域と出会えるかが重要です。これは、スタートアップで言うところの「原体験」に相当するものを探し出す工程だと言えるかもしれません。
STEP2-2. エスノグラフィ
チームの創造力に欠かせない、生活者への「共感」を入手します
生活者を外からみる『行動観察』、内からきく『インタビュー』、同じ環境に身を置く『フィールドワーク』など様々な手法を通して、生活者の体験に触れることで、アイデア発想に必要なインスピレーションを手に入れます。
生活者の正しい理解が大切なのは言うまでもありませんが、これまでにない新しい価値を提案するようなアイデアを発想する土台を作るためには、それまでは見えていなかった事実や、囚われていることに気づかなかった常識や固定観念の存在に気づき、それをリフレームできるかも同じくらい重要です。
- 生活者が気づいているが、簡単に解決できない問題はあるか?
- 生活者の中で習慣化されるなどして、痛みを感じづらくなっている問題はあるか?
- 生活者が無意識のうちに囚われている常識や固定観念はあるか?
STEP2-3. ユーザーモデリング
事業が解決すべき生活者の課題を「解くべき問い」として定義します
生活者のまわりでいま起きていることが見えてきたら、次はそこにある期待や不安といった生活者心理に目を向けます。ここでは、ニーズが顕在的か、潜在的かということよりも、それらのニーズを満たすことがなぜ難しいのか、そこにある制約やジレンマの構造、関係性を総合的に理解することがより大切です。
- その問題は今すぐ解決したいものか?
- その問題を解決することが、なぜそんなに難しいのか?
- その問題をどのような方向性で解決することが、最も理想的だと言えそうか?
収集した体験の発展的な解釈が必要となるため、『ワークショップ』を実施しても良いでしょう。結果は、後に続くアイデア出しのインプットとして使いやすいよう『HMW』や『キャスト』などの形式に整理します。チーム全体が、生活者の課題をどれだけ深く、共感的に理解できているかが、この後のアイデア出しの精度を決めます。UXデザインの最初の山場と言えるでしょう。
参考:ユーザーニーズを語るなら知っておきたい!2種類の潜在ニーズとは?
参考:チームのアイデア発想を加速する!ファシリテーターの7つ道具とは
参考:UXデザインにおけるペルソナの作り方を徹底解説!
STEP3. アイデアを発想しよう
「その生活者にとっての嬉しい体験とは、どんなものでしょうか?」
アイデアは発想に加え、育てるところが肝心です。ここでもやはり、生活者の観察と対話を重視します。アイデアを可視化し、生活者からの学びを得て磨き込む、というサイクルは、新規事業立ち上げにおけるUXデザインを特徴づけるプロセスと言えます。
STEP3-1. アイディエーション
「アイデア」発想を通じて、解くべき問いに対する理解を深めます
前のステップで出てきた「解くべき問い」をインプットに、『ブレインストーミング』します。最初は、出てくるアイデアそのものではなく、アイデアが解決する悩み、生み出す価値とは何かに注目し、「解くべき問い」に対する理解を深め、問いそのものを磨き込むところがポイントです。
いわゆるブレストには典型的な失敗パターンが存在するので、知っておきましょう。
- 失敗① 偏ったアイデアばかりで広がりがない…
- 失敗② 取り留めのないアイデアで発散しすぎて収集つかず…
- 失敗③ 対処療法のような表面的なアイデアしか出てこない…
- 失敗④ どこかで見聞きしたような平凡なアイデアばかり…
- 失敗⑤ 具体性に乏しいアイデアから前に進めない…
- 失敗⑥ 結局、無難なアイデアや声の大きい人のアイデアに落ち着く…
- 失敗⑦ アイデアを形にしたが売れなかった…
詳しい解説と回避方法については、下記リンクをご参照ください。
STEP3-2. ストーリーボーディング
アイデアがもたらす未来の「ものがたり」を可視化、価値を検証します
アイデアを可視化し、生活者からの学びを得て磨き込む、というサイクルを通じて、出てきたアイデアを育てます。まずは、いきなり細かいところを作り込むのではなく、その体験が生み出す価値にフォーカスするために、『ストーリーボード』形式でアイデアを表現してみましょう。
“売れないアイデア” はこの時点でもはっきりとわかります。以下に簡易的なチェックリストをご用意しました。あなたのアイデアを生活者に見せたうえで、これらの質問に答えてもらってみてください。
- 検証① このような悩みは存在するのか?
- 検証② その悩みは今すぐ解決したいものなのか?
- 検証③ その悩みは自力あるいは代替手段では解決することが難しいのか?
- 検証④ そのアイデアは、悩みを解決してくれそうか?
- 検証⑤ そのアイデアによって、これまでにない理想的な未来が手に入りそうか?
- 検証⑥ そのアイデアに○○円支払うか?
- 検証⑦ さらに良くするために、何があれば/なくした方が良いと思うか?
STEP3-3. プロトタイピング
想定したものがたりを実現するために、「試作」と検証を繰り返します
検証すべきポイントにあわせて最小限の『プロトタイプ』を作成し、より具体化されたレベルでアイデアを育てていきます。ここではアイデアを磨き込むのに必要となる学びを、できるだけ早期に、素早く得ることがねらいなので、まずはデザインの良し悪しではなく、価値が伝わるかを中心に検証しましょう。
検証結果によって次に進めるかどうかが決まります。アイデアを磨き込むことでそのままいけるかもしれませんし、場合によっては、アイデアを選び直す必要が出てくるかもしれません。正しい判断をするために、以下に挙げたような点に注意して、勇気を持って手元のアイデアを捨てるという選択肢をとれる状態を作っておくことがポイントになるでしょう。
- 複数のアイデアのストックがあるか?
- 1つのアイデアを育てるのにかける工数を、最小限に抑えられているか?
- 結果によらず、次に活かせるだけの学びを生活者から得たか?
STEP4. 体験を実現しよう
「どうすれば、その嬉しい体験を実現できるでしょうか?」
事業化に向けてアイデアをテストします。新規の市場創出をねらう多くの場合、アイデアを市場に投入してみないと、実際にどのような反応が起こるのか予測できません。革新的なアイデアは非直感的であり、過去の知見や論理は、必ずしもその良し悪しを判断する助けにはならないからです。
STEP4-1. ビジネスモデリング
価値を伝える「持続的な仕組み」としてのビジネスモデルを創造します
デザインしたユーザー体験をどのようなビジネスモデルで提供すべきかを検討します。よく使われるフレームワークはいくつかありますが、例えば、下図『ビジネスモデルキャンバス』は、1枚30分もあれば書けるのでオススメです。この手軽さを活かし、アイデアが固まってから書き出すのではなく、アイデアが出てきた段階から書き始めるようにすると良いでしょう。
革新的な事業アイデアが見つかることと、事業が成功することはもちろんイコールではありません。持続可能なビジネスモデルを構築するために、この時点で様々なパターンを検討しておくことが大切です。
- どのようなパターンが考えられるのか?
- どこに最も大きな不確定要素(=リスク)が存在するか?
- リリース後に何をどう変化させる必要があるか?
- その変化が起きる必要条件とは?
STEP4-2. MVP開発
実証実験に向けてアイデアを実現する「最小限の仕組み」を開発します
価値を伝えるうえでの必要最小限の製品である『MVP(Minimum Viable Product)』と、それが実際と同じように動いているように見せるための裏側の仕組みを構築します。通常の製品開発とは異なり、学習ツールとして、最上位のリスクを素早く検証できる実装方法と範囲を選ぶところがポイントです。
- 例:教育用品→親子で実際にモックアップを触れるイベントを開催
- 例:食品→新規性の高いメニューへの反応を確かめるためフードトラックで販売
- 例:人材紹介→既存SNSのAPIを組み合わせてサービスのコアのみを再現
- 例:ファッションAI→洋服のマッチングと仕入れを人力で実現
実際の市場に投入するものなので、プロトタイピングと比べて、「(不完全であったとしても、コストとパフォーマンスの両面で)リアリティを感じられるか」が重要となります。
STEP4-3. フィジビリティスタディ
MVP を市場投入し、事業化に向けた「売れる仕組み」を実験します
準備ができたらMVPをローンチしましょう。ここでは、ユーザーに価値が伝わっているかの検証として、量的な評価、質的な学びの両方が必要になってきます。
量的な評価:
- ユーザーの目的達成につながる行動が実際に起きているのか?
(その製品・サービスの購入、登録、利用、定着などの客観指標を計測する) - ユーザーは価値を感じてくれているのか?
(その製品・サービスを利用したうえでの満足度や推奨意向など主観指標を計測する)
質的な学び:
- ユーザーは何に価値を感じてくれている/いないのか?
- 価値を感じてくれているユーザー/そうでないユーザーの違いは何か?
- 熱狂的なファンが現れたとして、何がその熱狂を生んでいるのか?
検証結果を受けて、1)製品・サービスを改善する、2)ターゲットを修正する、3)アイデアを変更する、という3パターンのいずれかに進みます。数字だけで判断できるケースはそう多くないため、ユーザーに会ってフィードバックをもらう質的な学びが、早く正確な判断の支えとなるでしょう。
まとめ:新規事業の立ち上げを成功させるために
UXデザインは決して魔法の杖ではありませんが、本記事でご紹介した生活者の観察と対話を重視した人間中心の考え方とステップを徹底的に突き詰めて実践いただくことによって、あなたの新規事業の成功確率を飛躍的に高めることができるでしょう。
より詳しく学びたいという方のために、無料セミナーを隔月で開催しています。こちらもぜひご利用ください。
新規事業の立ち上げにお悩みの方、これまでに100を超える事業支援の実績がある弊社がご相談に乗りますので、ぜひお問い合わせください。