UXデザインは、通常のデザインに加え、ユーザーとの対話が活動の中心になります。実際にやってみると、その効果としてのデザインの品質向上に驚く反面、思った以上にデザイン以外の工程に足を取られることに気づくのではないでしょうか。
社内の理解を得てUXデザインを導入できたチームが次に取り掛かるべきは、プロセスの省力化・効率化です。負担の少ない進め方を見つけることで、担当者のスキルレベルやリソースの空き状況に左右されにくくなり、現場で定常的にやるものとして定着します。結果として場数が増えれば、成果につながるノウハウも蓄積しやすくなるでしょう。
本日は、UXデザイン会社の代表として、クライアント企業の支援を12年間やってきた私が、どのようにプロセスの省略化・効率化を進めてきたか、直近で行った「ユーザーテストのモニター募集の自動化」を例にとってご紹介します。
目次
1. 自動化でどんな体験が可能になったのか
まずは結論から、ユーザーテストのモニター募集について、現状どこまで自動化できているのかをご紹介します。
1-1. 待っていればモニターが日々増えていく
モニターの母集団は改善対象となる自社サービスのユーザーです。最初に何かしらの方法(メルマガ、バナー掲載など)で募集をかける必要はあるのですが、その後は特に何もしなくても、モニターが日々増えていくという状態が実現できました。
募集を見たユーザーのうち「協力しても良いかな」と思ってくれた人には、LINEのお友だちになってもらうよう促しています。LINE側には、友だち追加時に自動配信されるメッセージを仕込んでおき、簡単なアンケートに答えてもらう流れになっています。
1-2. リストから対象者を選ぶとアポが自動調整される
協力意向のあるモニターのリストが毎日更新されます。ユーザーテストの実施が決まったら、アンケート回答を見て「このユーザーにお願いしたい」と思った対象者を選びます。モニターの良し悪しの判断はデータが蓄積していかないと難しいため、ここは今のところ自動化していません。
モニター一人ひとりとのアポ調整は、システムが自動的に行ってくれます。アポが確定すると、Zoom URLの発行、接続テストの依頼、リマインド送付、同意事項の確認、謝礼の支払いなど、一連の事務手続きがLINE経由で自動的に行われます。
正直なところ、1-1だけであればメールとGoogleフォームで実現できてしまうのですが、上記があることによって業務がかなりラクになりました。
1-3. 3日あればユーザーテストが実施できるように
1-2で対象者を選んでから、ユーザーテストを実施するまで最短3日で回せています。ユーザーテストの中身が大事なのは言うまでもありませんが、いつでも協力を呼びかけられる自前のモニターを抱えることができるというのは、デザイン活動において、かなり有利になったと実感しています。
本記事の最後で上記を無料ツールとして公開したよという話をするのですが、早く知りたい!という方は以下よりお先にどうぞ。
2. ユーザーテストを自社でやってみて気づく課題とは
それでは、ここからどうやって自動化に至ったかという経緯をお話します。
ユーザーテストは数あるUXデザイン手法の中でも、最もポピュラーな手法の一つです。私たちのブログ(UI/UX改善の定番手法!ユーザーテストの7つの基礎知識とFAQ) をはじめ、ネットや書籍を通じて情報を簡単に入手できるため、やったことがあるという方も多いのではないでしょうか。
実際にやってみたというチームからよく聞こえてくるのは、以下のような課題です。これらを何とか解決してあげられないかというのが、今回の動機になっています。
2-1. デザイン以外の工程が意外と多い
ユーザーテストはリサーチ手法の一種であり、デザイナーにとっては見慣れない業務がたくさん含まれます。例えば、モニター(=テストに協力してくれる特定の条件にマッチする人)を募集するという業務を一つとっても、
- スクリーナーの作成(条件にマッチするかを判別するアンケート)
- 募集
- 対象者の選定
- アポ調整
- 会場地図の案内(リモートなら接続テストの案内)
- リマインド
- 当日アテンド
- 秘密保持などへの同意書
- 謝礼支払い
など、デザインとは関係のない工程をこなしていかなければなりません。専用のアシスタントをアサインできる場合は良いですが、そうでなければデザイナー自身がこれをやることになり、本来最も注力すべき「デザインする時間」が削られてしまいます。
2-2. 実際にはなかなか実施できない
ユーザーテストに慣れていない人ほど、スケジューリングが上手くいかなかったり、スクリーナーの作成など一つひとつに時間がかかったりして、デザインと並行して進めることが難しくなってきます。すると、
- 経験が豊富な人はユーザーテストをやる
- キャパに余裕がある案件であればユーザーテストをやる
など、担当者のスキルレベルやリソースの空き状況に左右される状況に陥ります。ユーザーテストを実施すれば確実にデザインの品質が上がるということがわかっていながら、実施できる人や案件が限られてしまいます。
2-3. 成果が数字として現れない
一発目のユーザーテストで成果が出ることもありますが、成果を出し続けることは簡単ではありません。ここで重要なのは場数です。同一のサービスに対するユーザーテストを繰り返すことで、ユーザーの理解が深まり、正しい改善策を考えることが可能になります。
ところが、2-2で見たように場数が踏めない状況だと、ノウハウを蓄積することができず、成果が出ない時期が続きます。数字が出せない手法は説得力を欠くため、最悪の場合、社内的にユーザーテストを継続していくことが難しくなったという話も聞きます。
- デザインを圧迫 → 実施が限定的 → ノウハウが蓄積できず成果が出ない
この負の連鎖を止めるためには、デザインを圧迫しないようプロセスの省力化・効率化を進めて、しっかりと場数を踏める状況を作り出す必要があるでしょう。
3. ユーザーテストの自動化に向けてやったこと
実際にどのようなプロセスを経て、ユーザーテスト業務の一部を自動化していったのかを振り返ります。
3-1. ユーザーテスト業務の棚卸し
まずは業務の棚卸しを行いました。ユーザーテストは何度も行ったことがある業務なので、ここは私たちにとって難しいステップではありませんでした。
要件整理 | 設計 | モニター募集 | 準備・実施 | 集計・分析 |
調査目的を整理する | タスクを設計する | スクリーナーを作成する | テストガイドを作成する | メモを整理する |
調査課題を洗い出す | 1人あたりの時間を決める | 募集を開始する | プロトタイプを作成する | 改善点を議論する |
調査方法を検討する | 時間割を作成する | モニターを選定する | モニターリストを作成する | 次のアクションに落とし込む |
スケジュールを立てる | 接続ツールを決める | アポ調整する | 同意書を準備する | |
対象者条件を決める | リマインドを送付する | 謝礼を準備する | ||
人数を決める | 接続テストの依頼をする | よくリハーサルしておく | ||
募集方法を決める | テストを実施する | |||
謝礼額を決める | お礼を送る |
3-2. デザイン&リサーチの専門性によって業務を仕分け
次に3-1の業務一覧を見ながら、以下の観点で仕分けを行いました。
A)デザインやリサーチの専門性が問われる業務
B)それ以外のすべての業務(Aのうちパターン化できる業務を含む)
要件整理 | 設計 | モニター募集 | 準備・実施 | 集計・分析 |
調査目的を整理する | タスクを設計する | スクリーナーを作成する | テストガイドを作成する | メモを整理する |
調査課題を洗い出す | 1人あたりの時間を決める | 募集を開始する | プロトタイプを作成する | 改善点を議論する |
調査方法を検討する | 時間割を作成する | モニターを選定する | モニターリストを作成する | 次のアクションに落とし込む |
スケジュールを立てる | 接続ツールを決める | アポ調整する | 同意書を準備する | |
対象者条件を決める | リマインドを送付する | 謝礼を準備する | ||
人数を決める | 接続テストの依頼をする | よくリハーサルしておく | ||
募集方法を決める | テストを実施する | |||
謝礼額を決める | お礼を送る |
プロセスの省力化・効率化の方法としては、以下の考え方を基本としました。これらがそれぞれ、A、Bに対応します。
- パターンが存在する業務はルールやテンプレートに落とし込む…A
- 専門性がなくてもできる事務的な業務は担当を分ける…B
この時点では、最終的にシステム化するのか、アシスタントをアサインするのかなど、いったん決めずに仕分けして、後で最適な手段を検討するのがポイントです。
3-3. 人力MVP で価値を確認
3-2の後、いきなりシステム化するのではなく、まずは人を分けて業務をしてみることにしました。専門性が必要な業務はこれまでどおりコンサルタントが、それ以外の業務は事務スタッフがアシスタントとして担当します。まだ完全に人力ですが、いわゆるMVP(Minimum Viable Product)と言っても良いかもしれません。
これをやっておくことで、分業によって実際に業務がラクになることを確認することができました。また、コンサルタントとアシスタントとの間でどういうコミュニケーションが発生するのかが具体化され、後々のシステム要件となりました。
- a)システム化された後にも残る人力の業務
(=コンサルタントが担当していた部分) - b)システム化されることにより自動化される業務
(=アシスタントが担当していた部分)
業務システムをつくるときに、意外と欠けているのがこのステップなのではと思います。システムに人(業務)をあわせるのではなく、人(業務)にシステムをあわせるために欠かせないステップではないでしょうか。
3-4. システムによる自動化
最後に、3-2のオレンジ色の業務を自動化してくれるツールを、LINEをベースに制作しました。多くはルールやテンプレートで解決したため、実装が必要だった主な機能は、メッセージの自動配信、アンケート、予定調整の3つです。3-3で最低限必要なコミュニケーションを可視化しておいたおかげで、シンプルな実装で済みました。
4. まとめ:今回作成した無料ツール
本記事でご紹介した過程を経て作成したツールを無料で公開します。ユーザーテストの業務を効率化したいとお考えの方は、ぜひ使ってみて感想をお聞かせください!